2025年12月8日、神戸にて開催された「最近の真珠生産・流通状況に関する情報交換会」では、日本産アコヤ真珠を取り巻く生産・流通環境について、現場の声をもとに多角的な意見交換が行われました。
その内容をもとに、現在の状況、市場の動き、そして今後の課題について整理します。
まず、各氏のお話を伺って感じたのは、近年のアコヤ真珠の生産現場は地域ごとに課題は異なるものの、共通するテーマとして「生産量の減少」「気候変動への対応」「担い手不足」が一段と深刻さを増している、ということです。
今回の情報交換会でも、この三点があらゆる議題の背景として浮かび上がっていたように見受けられました。
四つの主要産地から報告された内容を総合すると、次のような特徴が見られました。
●生産量の減少と従事者の高齢化
三重県では約30年前に1,000件あった養殖業者が現在は約270件となり、組合員の平均年齢も70歳を超えている。
愛媛では稚貝業者と母貝業者が分業化されているが、稚貝の生存率は厳しい状況であり、母貝も歩留まりが低下、生産量は近年ゆるやかな減少傾向にある。
長崎は赤潮の影響を受けつつも品質面では一定の成果が見られた。
対馬は比較的安定しているが、担い手が不足し、いち早く外国人従事者の受け入れが始まっている。またSNSでの求人にも積極的に取り組んでおり、一定の成果が見られる。
●品質面での課題
気温上昇による貝のストレスは広範囲で報告され、当年物は巻きが薄い、越物はキズが増えやすいといった傾向が見られた。
また、水温低下が遅いことで“化粧巻き”の仕上がりが遅れ、入札時期とのギャップが品質に影響する点も課題となっている。
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今回あらためて感じたのは、アコヤ真珠の生産現場が単なる一時的な不作ではなく、構造的な転換期に入っているという事実です。
生産量の減少や高齢化といった問題は特定の地域に限った話ではなく、全生産地共通の課題として顕在化しています。一方で外国人従事者の活用や情報発信の工夫など、現場レベルでは状況に果敢に適応しようとする動きも見られます。
生産を「量で戻す」ことが難しい今、各生産地がそれぞれの形で持続性を模索している段階にあると言えるでしょう。
●有核淡水真珠
品質は向上しているものの、長期的には過去の淡水真珠と同様、生産過多による価格崩壊が起こるのではとの見方が示された。
●ベトナム産アコヤ真珠
現時点で生産量は約600貫、主に4社が中心となって養殖している。
黄色味の強い珠が多い。
日本産アコヤの脅威となり得る可能性はあるが、大量生産にはなりにくいとの見解。
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アコヤ以外の真珠については過度に脅威視する声は少なく、むしろ冷静な見方が共有されていた点が印象的でした。
有核淡水真珠やベトナム産アコヤはいずれも一定の存在感を持つものの、品質や市場の性質を踏まえれば、日本産アコヤ真珠の立ち位置が直ちに揺らぐ状況ではないとの共通認識のようです。
重要なのは、他の真珠との比較そのものではなく、それぞれの特徴を正しく理解したうえで日本産アコヤの価値をどう伝えていくかという視点ではないでしょうか。
●売れ筋と求められる品質
8mm前後(白系・無調色グレー)の価格帯12~30万円(下代)が堅調。
今後は 7~8mmのサイズで“アコヤらしい魅力”が感じられる品質が求められる傾向。
テリが弱い珠は売り辛くなってきている。
B to Bにおいて品質の良い物を求める買い手が増えてきた。
●入札相場の見通し
大きな下落はない見込み。ただし浜揚げ時期と品質の最適化の兼ね合いにはまだ課題が残る。
●海外市場
香港:昨年冬〜今年春までは好調だったが、夏以降は二極化が顕著。
欧米:米国向けは関税(日→米15% / 中→米10%)の影響で苦戦。
ドバイ:宝飾小売市場として最大の伸びが見られる。
中国:2025年はやや回復。ただし11月は再び鈍化。
海南島ルートは関税面で有利となるため、今後の重要な輸出経路となる見通し。
インド、インドネシアなどの新興市場に注目が集まっている。
欧米市場には振興会がイタリアの宝飾関係者と共同で、ハイブラインド向けにスタイルブックを製作中。
真珠はブランドではなく、”Quiet Luxury” ―――すなわち物を見れば分かる品質を全面に打ち出すべき商材である。
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現在の市場では「売れる・売れない」の基準がより明確になりつつあります。
テリや仕上がりといった本質的な品質を重視する傾向が強まっており、業者間取引でもその傾向が見られるようです。
市場が縮小する中で、幅広く売ることは難しくなっていますが、その一方で品質を正当に評価する市場が確実に存在していることも今回の報告から読み取れました。
●原産地証明の科学的検証
現在、産地を科学的に証明する確立した技術は存在しない。
信頼性向上を目指すうえで原産地を科学的に証明することは避けられないテーマとなっている。
●品質維持のための制度整備
最低価格設定の引き上げ検討
20%供出分の廃棄基準の拡張案
貝に負担をかけないよう、サイズを下げて品質を維持、向上させる試み
生産が減っていることにともない、一度の浜揚げで連を組み切れないことがあり、次の浜揚げを待つケースも増えているため、原珠を“フレッシュ”な状態で保つための技術向上
などが議論された。
●浜揚げと入札時期の最適化
水温低下の遅れに伴い、化粧巻きが仕上がる時期が遅くなってきている。
しかし入札に合わせて化粧巻き未完のまま揚げるケースも多く、“品質を優先した浜揚げ時期の見直し” が今後の大きな課題。
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業界全体の課題として浮かび上がったのは、「信頼をどう守り、どう高めていくか」という点に尽きます。
科学的根拠に基づいた原産地証明や品質基準の整備、浜揚げ時期と入札時期の見直しなど、いずれも短期間で解決できる問題ではありませんが、避けて通ることもできません。
生産量が限られる時代だからこそ、量ではなく質に向き合い、業界全体で共通認識を積み上げていくことが今後の持続性を左右する重要な要素になるのではないでしょうか。
長崎: 現状維持が精一杯、後継者不足が深刻。
愛媛: 5〜10%程度の小幅増産は可能。ただし本格的な増産は難しい。
三重: 黒潮大蛇行の収束による栄養状態の改善に期待。
総じて今後5年での大幅な増産は見込みづらく、具体策が見出せない課題も多い。「限られた生産量の中で品質価値をどう高めていくか」が共通のテーマ。
今年の情報交換会で浮き彫りになったのは、アコヤ真珠の生産現場が直面する構造的な課題と、その中でなお品質を追求し続ける現場の強い意志でした。
気候変動、担い手不足、生産量の減少など、避けられない課題を抱えながらも、業界、特に生産現場では 「品質で勝負する日本の真珠」 を守り続けるための取り組みを模索しています。
未来のアコヤ真珠がどのような姿で世界に届けられるのか――
2025年はまさにその転換期にある業界の現在地を示す、象徴的な一年であったように思います。
(真珠スペシャリスト 横田伸之)